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2016年オバマ大統領の広島訪問に至るまでのアメリカの経緯と歴史的意義

   

この記事の所要時間: 339

image2016年オバマ大統領の広島訪問に至るまでのアメリカの経緯と歴史的意義

 

 

 

2016年5月27日。原爆を投下したアメリカ合衆国の大統領が、はじめて被爆地の広島を訪問しました。

 

 

このニュースは国内外に発信されました。

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日本人にとって、ましてや被爆された広島、 長崎の方たちにとってこの日は記念すべき日になったのです。

 

 

アメリカ大統領が訪問するまでに

 

 

今回に至るまでの経緯は以下のようになります。

 
1945年8月6日広島。

 

 

8月9日長崎に原爆投下。

 

 

1952年4月26日。日米安全保障条約発効(いわゆる安保ですね)

 

 

1982年6月24日 国連軍縮会議で広島、長崎の市長による核廃絶の訴え。

 

 

1995年1月30日 予定されていた、アメリカのスミソニアン航空宇宙博物館の原爆 展計画中止。(アメリカ国内での反対のため)

 

 

1996年12月5日 原爆ドームが世界遺産へ

 
2009年4月5日 オバマ大統領による核兵器のない世界実現の演説

 

 

2010年8月6日 ルース駐日大使がアメリカ大使としてはじめて平和式典(広島)に出席

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2016年4月11日 ケリーアメリカ国務長官が広島訪問
2016年5月27日 オバマ大統領の広島訪問
という経緯をたどってきました。

 

 

オバマ大統領の広島訪問の意義

 

 

戦争末期のトルーマン大統領の決断で投下された原爆。

 

 

アメリカでも是非が問われつづけてきた最終兵器の使用です。

 

 

国として謝罪をするのは難しくても、オバマ大統領が持ってき た4羽の折り鶴で気持ちが伝わるのではないでしょうか?

 

 

自ら追った折り鶴は、被爆して 白血病と戦い続けて亡くなられた佐々木貞子さんという方の祈りの象徴です。

 

 

オバマ大統 領は、2羽を小中学校の生徒へ。

 

 

2羽を原爆資料館へ置いたそうです。

 

 

また、原爆投下を決断したトルーマン大統領のお孫さんが佐々木貞子さんの兄と一緒に貞 子さんをしのんだといいます。
5000人の警備体制 どの国にも起こり得るテロを警戒して、広島は警備網が敷かれました。

 

 

広島市中心部は中洲 で川が何本もあり、橋がかかっています。どの橋も検問があったそうです。

 

 

そんな中で、オ バマ大統領は岩国基地からヘリコプターで広島市のヘリポートに到着。安部総理合流した のです。

 

 

広島の人たちは

 

 

どのように思ったのでしょうか?

 
被爆された方ももう高齢です。

 

 

語り部も2世の方々に引き継がれています。

 

 

そんな皆さんが 長く待ち望んできたのがアメリカ大統領の訪問。

 

 

平和資料館で原爆の惨状を目の当たりに 見てほしいというものでした。

 

 

ニュースを見ていても感謝の声が多くきかれました。

 

 

人を憎 むのではなくて、戦争そのものの完全な悪を憎む姿勢を見習わなければいけないですね。

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 - オバマ大統領広島訪問